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Kids: 子ども版 / 子ども塗り絵版
イエスは、ティベリア湖のほとりで大勢の群衆にたとえ話を語った後、弟子たちと向き合い、み言葉の深い意味を彼らに説明されました。
この物語の主役は、小さく、もろい種に例えられた神の言葉です。石や茨(いばら)、鳥たちは、その種が芽を出し、根を張り、種が実を結ぶのを妨げるかもしれませんが、賢い種蒔(ま)きは、その驚くべき生命力を知っています。
これらのイメージを通して、イエスは、人間と、神が豊かにお与えになるみ言葉の関係を明らかにしておられます。それを受け容れる者もいれば、さまざまな理由で、それを実らせないまま地に落としてしまう者もいます。実際、人間の心の中では、浅はかさや、過度な世俗的心配が、人間の中に神ご自身が灯そうとなさっている超自然的ないのちの奇跡を脅かしているのです。
私たちもまた、弟子たちと同様に、神の愛という謙遜な神秘の中に入っていくようイエスから招かれており、同時に、一人ひとりが、自分はどのような「土壌」になりたいのか、という一つの決断を迫られているのです。
良い土地に蒔かれたものとは、み言葉を聞いて悟る人であり、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍の実を結ぶのである。
聞き、悟ること――これこそ、私たちがみ言葉の種がその力を発揮し、良い実を結べるように、その種を受け容れる良い土壌になっていくための秘訣のようです。
聞く姿勢は、どれほど大切なものでしょうか。それは、神の業に場所を与える霊的な空間であり、神はそこで、常に憐れみをもって私たちに先立ち、実の熟する時を知り、それを尊重しながら忍耐のうちに働いておられるのです。
キアラ・ルービックが記しているように、神のみ言葉は、「光であり、愛であり、いのちであるがゆえに、人間の知性だけでなく、存在のすべてを内面から照らします。心が乱れ、悩む時にも、み言葉は、イエスが「私の平和」と呼んだその平和を私たちに与えてくれます。時には、魂を締めつけるような苦しみのただ中にあっても、み言葉は、満ち溢れる喜びを体験させてくれます。また、み言葉は、真理の道を切り開くので、私たちを自由にしてくれます。……私たちの心にも神のみ言葉に対する大きな愛が生まれるべきでしょう。教会でみ言葉を聞く時、またみ言葉を読んだり、学んだり、黙想したりする時に、それを大切に受け止めるようにしましょう。しかし、何よりも、私たちはみ言葉を実践するよう招かれています。……イエスのみ言葉の一つを生きる時、私たちは福音全体を生きることになります。なぜなら、一つ一つのみ言葉を通して、イエスはご自身のすべてを私たちに与えてくださり、自ら私たちの内に来られて、生きてくださるからです。……そして、私たちが生活のあらゆる状況の中で、イエスのように考え、望み、行動できるようにしてくださいます。」2
良い土地に蒔かれたものとは、み言葉を聞いて悟る人であり、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍の実を結ぶのである。
メキシコ出身のワンビルは、こう語ります。「以前、私は深い穴に突き落とされたような時期を通りました。暴力的な関係の中に追い込まれ、そこから何とか逃げ出し、自分の力ですべてを解決しようとしていました。ソーシャル・メディアや外部の雑音に惑わされて、神に導かれていないものを追い求めることもありました。どんなに努力しても、私は空虚なままで、目的を見失っていました。愛は、普遍的な言葉であるというのは知っていました。ボランティア活動を始めた時、私は、神からしか得られないような充実感を体験しました。そして時が経つにつれて、神のみ言葉を聞き、神との関係を深めることのできるような場を見つけたのです。私は、心から感謝しています。」
たとえ自分は、渇いた、石ころだらけの土壌のように感じていても、み言葉そのものに力があります。預言者イザヤは次のように表現しています。「雨も雪もひとたび天から降れば、むなしく天に戻ることはない。それは、大地を潤し、芽を出させ、生い茂らせ、種蒔く人には種を与え、食べる人には糧を与える。そのように、わたしの口から出るわたしの言葉も、むなしくは、わたしのもとに戻らない。それはわたしの望むことを成し遂げ、わたしが与えた使命を必ず果たす」(イザヤ55・10-11)。
この希望に支えられながら、たとえ恐怖と緊張に支配されたこの時代にあっても、私たちは、共に生きているあらゆる人たちに対する信頼を育んでいきましょう。その人たちも良い実を結ぶ力があるのだと信じて、互いに耳を傾け、対話する機会を設けながら、共にきょうだい愛という地平線に向かって歩んでいくようにしましょう。
良い土地に蒔かれたものとは、み言葉を聞いて悟る人であり、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍の実を結ぶのである。
レティツィア・マグリと「いのちの言葉」編纂チーム
いのちの言葉は聖書の言葉を黙想し、生活の中で実践するための助けとして、書かれたものです。
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- 日本聖書協会 新共同訳
- キアラ・ルービック「いのちの言葉」2003年3月、ファビオ・チャルディ監修『いのちの言葉』
(キアラ・ルービック集5)チッタノーバ社 ローマ 2017年 pp.684-685


